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第15話 「崩れていく経済のなかで(後編)」
「お前らが昨日、フィソに渡したUSドルは、偽札だ!」
“えっ!?フィソ、お前まさか・・・。”
 
重苦しい空気が流れている。誠司と僕、そして、フィソと恰幅が良い男の4人でテーブルを囲んだ。フィソは涙目になりながら、彼の会社のボスにあたるこの男に、昨夜僕たちと両替したことを事細かに説明している。“フィソを優しく包み込むような目”と“フィソを疑う目”二つの目を交錯させながら、ボスはフィソの話を聞いている。真実はおそらくフィソ以外の3人には検討もつかない。もしかしたらフィソでさえ、わからない事なのかも知れない。
 
昨晩、彼と400USドルを両替し、僕たちはこれからの旅に必要なジンバブエドルを手にした。何事もなく両替は終わったと思いきや、今朝になって彼がボスを連れてやってきたのだ。僕たちが泊まっていた安ホテルのドアを蹴り飛ばすようにやってきて、昨日僕たちが渡した400USドルのうち200USドルは偽札だったと叫ぶ。そんなわけはない。日本の銀行でUSドルを手に入れ、旅が始まって以来USドルを使う事はあっても、USドルを手に入れる事が無かったからだ。寝ぼけ眼(まなこ)に喰らったカウンターパンチに、“彼らがイチャモンをつけてきた事”よりも“朝から観光しようと楽しみにしていたビクトリアフォールズ見学をぶち壊された事”に腹が立っていた。

恰幅が良いフィソのボスは、まざまざと偽札を僕たちに見せつける。お札に透かしが無いのはもちろんのこと、お札の表面を触ってみると素人でも十分偽札だとわかるほどのしょぼい偽札だ。話が長くなると思い、彼らを部屋に招きテーブルに着かせる。まるでこうなることを予測していたかのように、たまたま入ったこの安宿の部屋には大きなテーブルと4つの椅子があった。

「今朝、お前たちから手に入れた400USドルを見てみると、200USドルが偽札だと気付いた。昨日の夜はお前たちとしか両替していないから、お前たちがこの偽札を出したとしか考えられない。」とフィソは興奮気味に言う。
“そんなもん何の証拠も無い。くだらんでっちあげだ!そもそも、お前が昨日USドル札を手にした時点で確認しないのが悪い。”
「じゃ、警察に行こうか?お前たちが偽札を持っていたとなると犯罪になるぞ。」とフィソのボスは脅しをかけてくる。
“警察に行っても警察もジャッジのしようがない。昨日フィソが両替して、この安ホテルを出た時点でもう取引は終わっているんだ。”


折り合いがつきそうにない話合いが沈黙を挟んで2〜3時間も続く。フィソは目に涙を浮かべながら、必死になって僕たちが偽札を出したことをボスに向かって説明している。フィソはボスに対して現地の言葉で説明しているが、ボスはその返答を僕たちにもわかるように英語で返す。フィソの顔を見ていると、少なくとも最初から僕たちをはめるつもりで両替をしたのでは無さそうだった。僕たちが出したUSドルが“偽札ではない!”と仮定すると、“フィソが昨日の夜、僕たち以外の外国人とも両替し、その時に偽札を掴まされ、居場所がわかる僕たちを犯人に仕立て挙げようとしているのか?”それとも、“フィソが知らないうちに両替仲間に偽札と本物をすり返られたのか?”・・・
その真実はボスにも知らされていないようで、ボスはフィソの話を聞いては、僕たちを疑うのと同時にフィソに疑いの目を向けることもあった。
 
「あ〜、もう勘弁してくれ。時間の無駄だ。お前たちその200USドルは折半しろよ。」
出口の見えない話し合いにボスがしびれを切らしながら言う。
“それは納得がいかない。”
と本心とは裏腹にそう言った。“早くこの席を立ってビクトリアフォールズを見に行きたい!”と思いが先行していたので、“折半でも良いか”と思っていた。しかし、簡単に合意してしまったら、まるでこっちが偽札を出したことを認めるようだったので首を縦に振るわけにはどうしてもいかなかった。フィソも折半に猛反論すべく、今まで以上の勢いで上司にたてつく。折半するとなるとフィソも100USドルを負担しなくてはならないからだろう。彼にとって100USドルは、半月分の給料なのだろうか?それとも一ヶ月分の給料なのだろうか?子供ができたばかりのフィソのことを思うといたたまれない気持ちにもなるが、こちらとしても本物の札を出したという確信がある限り、折半以上の譲歩はできなかった。威厳あるボスはフィソと僕たちをねじ伏せ、折半することで話を強引にまとめた。いったいどこで彼は偽札を掴まされたのだろうか?この日からしばらく僕の財布の中に入っていたUSドルの偽札は、一ヶ月も経たない内に札の角が取れ、見る見る劣化して行き、お札の形をとどめない完全な紙くずになった。
 
彼らが帰った後、晴れない気持ちのまま、楽しみにしていたビクトリアフォールズ観光に出かけた。町の郊外にある滝へのゲートをくぐると、町の晴天の空気とはうって変わって湿っぽい空気を感じた。滝に進むにつれ、その湿っぽさは増し、時折り雨粒のような水滴が顔に当る。じっとりとした石畳の獣道を急ぎ足で駆け抜けると、渓谷の向こう側に巨大な滝が現れた。
 
穏やかに流れるアフリカの大河ザンベジ川には、鳥たちが群がっている。しかし、穏やかに流れる川は対岸の断崖絶壁を境に急降下し、轟音を立てながら奈落の谷底に落ちていく。断崖絶壁に立って下を見ると、対岸の絶壁から落ちてきた水が飛沫を上げ、真っ白な奈落の谷底を作っている。地球の割れ目に川の水が吸い込まれていく壮大な景色に、水の飛沫と太陽の光が虹を演出している。1800年代、イギリスの探検家リビングストーンが、このザンベジ川を航海していた時に、この滝を発見したというが、彼は行く手にこの轟音を聞いてどんな風に思ったのだろうか。リビングストーンがこの滝に出会った時のことを想像すると、ますます興奮が高まってくる。地球の割れ目に水が流れ込んでいく様子を断崖絶壁に立って見ていると、今朝からのトラブルはどうでもよくなってきたような気がした。“崩れていくジンバブエ経済の中でもがき苦しむ人々”や“紙切れに一喜一憂する僕たち”をあざ笑うかのように、ザンベジ川の水は何事も無かったかのように、轟音を残しながら奈落の谷底に吸い込まれていたのである。
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