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第8話 「ナミビアの村の警察で」

ナミビア南部の町キートマンショープを出発する朝、僕たちは数日の野宿を想定して、食料などを買い込もうとガソリンスタンドのショップに足を運んだ。ショップの入口には、「OPEN AM8:00」と書かれているにもかかわらず、8時半の時点で、まだオープンしていない。そこで通りかかったおばさんに聞いてみた。
“今日は、この店休みなの?”
「いいや。休みじゃないわよ。」
“もう、8時半なんだけど・・・”
「そのうち開くわよ。」
と待つこと30分、かったるそうなおじさんがやってきて店を開ける。早く出発したいがために、オープンしたばかりの店にズケズケと入り込み、適当な食料を手に取りレジへと持って行く。おじさんは、面倒そうにレジの鍵を開け、面倒そうに対応する。勘に触るが、ここくらいしか店がないので仕方なく買う。“買うほうが強く、売るほうが弱い。”という発想は、どうもこの土地では通用しそうにない。
 
この日、90キロほどを走り、ツェスという村に辿り着いた。村の中心と思われる所には人が数人いるだけで、村で唯一の売店と思われるトタンでできた店は、営業しているのか?つぶれているのか?わからないけど、閉まったままである。朝から夕方まで、人っ子一人見当たらない土地を走ったあげくに到着する町や村には、どうしても“冷えたコーラなどが売られていること”を期待するが、この土地ではそんな期待が裏切られることも少なくない。この土地に対する苛つきが募る一方で、いつまでも日本の感覚でいる自分を惨めに思うこともある。
 
“さあ、今日はどこで寝ようか。”

宿泊施設のある町だと何も問題は無いのだが、町や村の敷地にテントを張って野宿する時は、その土地の警察、警察がいない村の場合はその村の長に会い、了承を得なければならない。ツェスの村では、たまたま警察署があるというので、警察署に足を運ぶこととなった。警察署というより派出所といった方が正しいかもしれない場所まで、村人の案内で連れて行ってもらうと、真っ黒の肌に白い歯が印象的なさわやかな若い警官が出てきた。
“僕たちは日本からやってきて、自転車で旅している者だけど、どこかこの村でテント張らせてもらう所ある?”と尋ねると、「じゃ、ここにテント張りなよ。」と派出所の敷地の庭を指さした。“えっ、本当に良いの?ありがとう。”と僕たちはお礼を言った。今夜はこの警察官のお言葉に甘えて派出所の敷地内にテントを張らせてもらうことになった。ここの派出所には制服の警官が一人しか駐在していないようだったが、派出所の裏に宿泊施設のような場所があり、そこには仕事がオフの警官と思われる男が二人ほど、休日を楽しんでいるようだった。テントを張っているとその男たちが興味津々で話かけてくる。
「どこから来たの?」
「どこまで行くの?」
「今日行われた日本VSフランスのサッカーの親善試合は、0対1で日本が負けたよ。」
フレンドリーな男たちに僕たちも気分が良くなり、意気投合しかけた頃、制服の警官が歩み寄って来て、その男たちをいきなり蹴飛ばした。
「ジャパニーズたちに気安く喋りかけるんじゃない!」
蹴られた二人は、おめおめと宿舎の中に戻ってしまう。“なんだなんだ!?ここの警官たちは仲が悪いのか?・・・しかも若い警官の方が年寄りの警官より圧倒的に強い立場なのはどういうことなのか?”その若い警官にこっそり聞いてみると、
「あいつら二人は、囚人なんだよ。」
“えーっ。でも完全に野放しじゃないか。脱走しようと思ったら、いつでも脱走できるんじゃ・・・”
「この村の周りは、半径100キロほど何もないから逃げようがないよ。それに奴らもこの村で育った人間で、みんな奴らのことを知っているし、奴らもこの村から出て行こうとは思っていないはずだよ。」
 
よく観察して見ると、若い警官は、すれ違いざまに意味もなく囚人たちに蹴りを入れたりしている。うっぷん晴らしに囚人たちを扱っているとしか思えない・・・。囚人たちは囚人たちで、「あの若い警官よ・・・」と若い警官の目を盗んでは僕たちに日頃のうっぷんを喋ってくる。僕たちには、警官と囚人たちがじゃれあっているようにしか思えなかった。
 
夜になりテントで寝る準備をしていると、若い警官が一人の男と言い争っているのが聞こえてきた。耳を凝らして聞いていると、どうも僕たちのことで言い争っているようだった。心配になってテントから出て行くと、若い警官と言い争っているのは、この村に住むかっぷくの良い住人の一人のようである。彼の言い分は、「なぜ外国人を警察で保護するのか?警察署の敷地内で外国人に何かがあったら、警官はどう責任を取るのか?」というような内容だった。若い制服の警官は、「俺は、このジャパニーズたちが寝る場所が無くて困っていたから、警官としてじゃなく人間としてここにテントを張ることを許可したんだよ。」と食い下がるものの、かっぷくの良い男の正論に屈したようで、どうしていいものか困っていた。事態を聞いていた囚人たちもどうしていいものか真剣に考えてくれている。結局僕たちは、近くの空き地にテントを移動させることになった。若い警官は、「夜中、たまに見回りに来てやるから、安心してゆっくり休めよ。」と言ってくれる。
 
眠りにつこうとした頃、どうもこの敷地内で複数の人間が歩くような音が「コツコツ、コツコツ・・・」と聞こえてきて、なかなか寝つけない。気になってテントの入口から懐中電灯で外を照らしてみた。すると、何とロバがこの空き地に集まって来ているではないか!この空き地は、昼間あちこちを徘徊しているロバの寝床になっているようだった。「コツコツ、コツコツ・・・」寝ているとロバの足音が地面を通じて伝わってくる。いつもは設営されていないテントにロバたちもこちらを警戒しているようで近くには寄ってこない。

“ごめんなさい。ロバさん。今日、1日だけここに居さしてください・・・”


翌日の朝、テントの周りはロバの糞だらけだった。
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