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第9話 「ナミビアの少年たち」
“ロホボスという町に温泉がある。”という情報をもとに、僕たちは半信半疑でロホボスを目指し走っていた。ここのところ奮発してホテルに泊まっても、お湯が出ない日々が続いていた。僕らは温かいお湯に飢えていたのだ。ナミビアは乾燥しているせいか、昼間はそれなりに温度が上がるものの、夜は寝袋なしでは寒くて眠れない。野宿したある夜なんか、寒くて寒くて夜中に何度も目を覚まし、靴下を3枚も重ねて寝たこともあった。また早朝には、自転車に備え付けてあった水筒の水が凍りかけていたこともあったくらいだ。こんな気温の中で浴びる冷たい水は、苦痛以外の何ものでもない。シャンプーで頭を洗うのは良いが、冷たい水を浴びて、頭に付いたシャンプーをしっかりと洗い流すと頭蓋骨がかち割れそうになる。こんな状況下で聞いた温泉情報は、僕たちの士気を高めた。

そのロホボスの町に着く4kmほど手前の路上でのこと。同じ方向に進むマウンテンバイクに乗った3人の少年達の姿が目に入った。3人とも立派なマウンテンバイクに乗っており、そのうちの一人の自転車にはサスペンションまでついている。だらだらと喋りながら走っている彼らを抜いてやろうと、無理をして彼らの横をさっそうと駆け抜けてみる。対抗意識を触発するような僕の抜き方に、案の定3人は僕を抜き返しにやってきた。僕を抜いた後、一人の少年が「どこまで行くの?」とさわやかな顔で話しかけてきた。彼らは、ちょうど高校を卒業し、9月から首都にある大学でエンジニアの勉強をする予定だそうだ。それまでの間は家業を手伝うために、ロホボスの町から10キロほど離れた畑まで毎日自転車で往復しているとのことだった。


”エンジニアの学校に行って将来はどんな仕事するの?”
「日本みたいな国に行って、車を開発したり、電化製品を作ったりしたいんだよ。」


アフリカに来て感じることの一つに、“少年少女達が何のためらいもなく自分の夢を伝えてくる。”ということがある。この少年も、真っ直ぐに僕の目を見ながら自分の夢を伝えてくる。高校の頃、僕がこんな風に赤の他人に対して、ましてや、さっき出会ったばかりの見ず知らずの外国人に対して、真っ直ぐに目を逸らさずに自分の夢を話せただろうか?それを思うと、少年の真っ直ぐな視線に、僕は目を逸らさずにはいられなかった。

本当にロホボスの町に温泉があるのかどうか?彼らに尋ねてみると、本当に温泉があるらしく、彼らがそこまで連れて行ってくれることになった。舗装されているメインロードを外れ、町中に入っていくと道は舗装されておらず、路面に砂が溜まったような状態になっている。これでは自転車をこぐのがひと苦労である。荷物を積んでいない状態ならまだしも、荷物を積んでいると、重さで車輪が砂にめり込み、自転車を押すことさえもひと苦労することがある。少年達が笑いながら砂に車輪を取られ四苦八苦している僕の自転車を押してくれる。彼らに手伝ってもらいながらも、温泉と呼ばれる場所にようやく辿り着いた。

温泉と呼ばれる場所は、いわゆる都会に住むお金持ちの保養所のような施設で、緑が敷き詰められた広い敷地にコテージが並んでいた。この施設のなかに温水プールがあり、これを地元の人たちは温泉と呼んでいたのだ。とてもじゃないけどコテージに泊まれるような立場ではないので、オーナーに相談して敷地内にテントを張らせてもらうことになる。するとオーナーは、僕たちの後ろにいた3人の少年達に気づき、

「お前たち、あの少年たちとは何処で知り合ったんだ?」とオーナーは僕たちに尋ねた。“国道で知り合ったんだ。”と答えると、「あの少年たちには気をつけろ。関わるんじゃない。」と強く忠告された。“いや、彼らは親切にここまで僕らを連れて来てくれただけだよ。”と切り返すと「良いから関わるんじゃない!」とオーナーは再度忠告してきた。

“ハッ!”と後ろを振り返ると、少年たちがこの会話を聞いていたようで、僕の目を一瞬うかがった後に目を逸らしうつむいてしまった。そして、寂しそうな目をしながら去っていってしまった。オーナーの威厳ある発言の前に、彼らになんて声をかけて良いのか戸惑った。戸惑っている内に彼らは遠くまで歩いて行ってしまい、ここまで連れてきてくれたお礼も言えないままになってしまった。


オーナーの言う通り、あの少年たちに何か前科があったのだろうか?
それとも金持ちオーナーによくありがちな、子供に対する嫌悪感なのか?


“夢を語ったあの少年の目”そして、“砂に埋もれそうになっている自転車を笑いながら押してくれた少年たちの目”からは、少なくとも悪気を感じることはなかった。自分の確信とは裏腹に、去っていく少年たちに声をかけることができなかったことを今でも後悔している。そして、オーナーの威厳ある声の前に、少年たちが去り際に見せた寂しそうな目を、5年経った今も忘れることができない。
 
大人の権力にひれ伏してしまったあの目を・・・
その権力に戸惑い、自分の意見を主張できない大人を見るあの目を・・・
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