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第13話 「思い込みの疎外感」
 ボツワナでのある日の昼過ぎ、Phuduphuduというに村に到着する。土とワラでできた質素な家が、カラハリ砂漠の白い砂の上にぽつんぽつんと建っているだけの小さな村。道路沿いにひなびた小さな売店があり、その前の敷地には数人の男たちが椅子に座って雑談している。僕たちがやってくると男たちは会話を辞め、キョトンとした顔でこちらを見る。
 
“あ〜、疲れた〜。おじさん、コーラ置いてる〜?”
「置いてるよ。」
ポンと台の上にビンのコーラを置き、目の前で栓を抜いてくれる。「シュポッ。」
豪快にコーラを喉に流し込む。“うわっ、ぬる〜。どう見ても電気が通ってなさそうな村。無理もないか・・・”
「まー、椅子にでも座って一服していきなされ。」とおじさん。
“ありがとう”、と疲れた身体をプラスチックの椅子に投げる。
「ポキンッ」という鈍い音と共に身体のバランスが崩れる。
“あ〜、ごめんなさい。椅子の足を折ってしまったよ。”
「いいんだよ。そんな椅子。」とおじさん。
“この椅子、町でいくらくらい払えば手に入るんかな?・・・ 弁償するよ。” 
「いいんだよ。そんな古い椅子。いいから別の椅子に座って休憩していきなさい。」とおじさん。
 
おじさんの名前は、エルザットさん。見るからに人の良さそうなエルザットさんと彼の仲間たちに囲まれ時間を過ごしていると、あっという間に時間が経ち夕方になってしまった。次の村までは40km。一度止まってしまうと、とてもじゃないけど僅かな時間で40kmを走ろうなんていう気にはなれない。こうして絵に描いた進行プランがどんどん遅れていく。“予定なんて在って無いようなものだ。”と頭ではわかっているものの、29年間日本でどっぷり生きてきた自分には、計画の遅れにいささか意味のない苛立ちを感じることがある。この日は結局、エルザットさんが店を閉めるのを待って彼の家に連れて行ってもらうことになった。

エルザットさんに連れられてやってきたのが、この村の村長さんの家。特別立派な家でもなく、ごく普通に見かける土とワラでできた質素な家である。まずは村長さんに挨拶をして、この村での滞在の許可をもらわなくてはならないという。この村の最年長だと思われる村長さんが家から出てくると、英語の喋れない村長さんに対しエルザットさんが間に入って事情を説明してくれる。エルザットさんを通じて返ってきた村長さんの言葉は、
「この村は平和だから安心して休んでいきなさい。村長のわしが許可し歓迎するのだから、他のみんなもお前たちの滞在を歓迎するよ。」
“ありがとう!”と思わず村長さんの手を握ると、この乾いた土地で何十年も農作業をしながら生きてきた村長さんの苦労が、同じ人間とは思えないゴツゴツした手を通して伝わってきた。
 
エルザットさんの家の隣にテントを貼っていると、僕たちの噂を聞きつけた村の子供たちが集まって来た。最初は2人だけだったのが、4人、7人、10人・・・30人・・・と怖くなるほどに人が集まってくる。しかも皆、突然の外国人に警戒しているのか、僕たちと一定の距離を保っていて、それ以上は近くには寄ってこない。ひそひそと子供たちが話す声が聞こえてくる。しばらくそんな状態が続いたあと、勇気ある少年が覚えたての英語で僕たちに話しかけてくる。
 
「ハー・ワー・ユー?」と言った後、恥ずかしかったのか黒い顔を紅潮させながら仲間たちの方を見ながら照れ笑いしている。
“アイム・ファイン・サンキュー・アンド・ユー?”と答えると子供たちと僕たちの間の壁が一瞬にして無くなり、子供たちはカンフーのものまねをしながら僕たちに近づいて来る。
「トー・トー・アチョー!」
“なんやなんや!?ここではカンフーが流行っているのか・・・”
「ジャッキー・チェンはあんたの友達か?」
「ブルース・リーの家に行ったことあるか?」
返答に困る質問を浴びされて困ってしまった僕たちは、とりあえずカンフーのものまねを返してみる。すると
「ギャ〜!!!」と叫びながら30人以上もいた子供の集団が「ドドッ」と後ずさんだ。中には、腰を抜かし泣きそうな顔をしながら逃げていく子供もいる。
“こりゃ〜おもしろい!”
東洋人を見る機会のない彼らは、どうやらビデオでたまに見るカンフー映画の主人公と僕たちが同一に見えているようだ。
いたずら心が芽生え、子供たちを追っかけてみる。子供たちは「ギャ〜、ギャ〜」言いながら村中を駆け回る。“ここでこの東洋人を倒したらこの村で天下を取れる!?”と思ったのか、ひとりのヤンチャ坊主がオロオロした目で僕の前に立ちはだかり、「勝負!」と言わんばかりに、カンフーのポーズを決めてみせる。しかし、こちらが真剣にカンフーのポーズを決めて見せると、瞬く間に遠くに逃げていってしまう。それを見ていたエルザットさんや村中の大人たちも大笑い。僕たちはこの村の主人公になり、完全にこの村に溶け込んでいるものだと思っていた。

日が沈むと、子供たちはそれぞれの家に帰り、大人たちだけの世界に変わる。エルザットさんは、僕たちのテントの近くに火を起こし、暖を取り始めた。真っ暗なこの村を見渡すと、あちこちで火が起こされ暖が取られている。エルザットさんはボツワナの地酒と言われる“チブク”を振舞ってくれた。日本で言うところのにごり酒にあたるもので、酒かすが浮いていてお世辞にも“うまい!”とは言えないが、適度に酔うことができ、炎が灯るだけの寂しいボツワナの夜を楽しいものにしてくれる。枯れ葉や紙くずを火のそばに置き、会話の合い間に弱ってくる炎の中にそれを入れていく。いろんな村人が入れ代わり立ち代わりやってきては、エルザットさんと会話をし、また去っていく。そんな中、すぐ近くに住んでいるというエルザットさんの弟がやってきて、僕たちの輪の中に入った。彼は、革ジャンに小奇麗なジーンズ、この村の人たちとは風貌が違い、見るからに都会的な身なりをしている。挨拶の時に、握手を求める素振りもどことなくスマートだ。そんな彼が、僕に話しかけてくる。
 
「どうだい。ボツワナは?」
抽象的な質問に、どんな風に答えれば良いのか一瞬迷ったが、“この人なら1ヶ月近くボツワナを走ってきて感じた素直な感想を伝えたら、おもしろい返事が返ってくるんではないか?”と思い、話を切り出した。
“平和でほんとに良い所だと思います。”
と当たりさわりのない言葉から切り出してみる。
“出発前にボツワナのことについて調べていると、その経済的な数字から先進国と変わらない裕福な国なんだと思っていました。道路などはしっかりと整備されていて、政府の資金力は想像していた通りのものを感じます。でも、ボツワナに住む国民は、想像以上に質素な家に暮らし、質素な食事をして、質素な生活をしているように感じます。”
と最近思っていたことを口にすると彼は、
「都会に住む一部の人たちが裕福な生活をし、彼らが国全体の経済的な数値を高い位置にキープさせている。独立以来、順調に成長しているここでは、物価の上昇が激しく、ローカルのボツワナ人の暮らしが、国の成長についていけていないのは確かだ。この国の主幹産業であるダイヤモンドや銅の産業に接している人たちの所得は高いレベルに達しているが、それ以外の多くの人たちの生活はサバイバルだ。それに外国人が、この土地に商売のためにやってくることが一つの原因なんだ。」
普段は町で商売している彼はトーンを上げながら、さらにこんな風に言う。
「ローカルのボツワナ人は貧困層から抜け出そうと、町で商売を立ち上げようとするが、このボツワナでボツワナ人が商売をしようとしてもなかなかうまくいかない。お前たちのような外国人がボツワナに入ってきて、財力を持って新しい商売に着手していくからな。」
“僕は別にそんなつもりでボツワナに来てるんじゃないよ・・・”
喋りながらも沸々と外国人に対する嫌悪感が湧き上がってくるのを彼の口調から感じた。エルザットさんは、気を使って、「何もそんなこと言わなくて良いじゃないか!」と僕に伝わらないように現地の言葉で弟に怒っている。エルザットさんに言われて気分を害したのか、彼はその後この席を立ってしまった。


この村に来て親切なエルザットさんに出会い、村長さんや子供たちに歓迎され、勝手に気分を良くしていただけにショックだった。“彼らも表面的には歓迎してくれてはいるが、実は同じような事を僕たちに対して思っているのではないだろうか?”そう考えると、炎の明かりに照らされて暗闇に映るエルザットさんの顔が、昼間の親切なエルザットさんの顔とは違った様相に見えるような気がした。
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