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第16話 「たくましい女性たち」
“おっ、本物の井戸端会議や!”
道路脇にふと目をやると、ジンバブエの女性達が井戸の周りに集まっている。バケツを井戸の周りにほったらかし、おしゃべりに夢中になっている。体格に迫力のある女性たちに思わず戸惑ったが、安全な井戸水を飲めるので水を分けてもらおうと彼女たちに近づいていく。
“あの〜、水を頂きたいんですけど・・・。”
「ギョロッ」とそこにいた4〜5人の女性たちが会話していた時の楽しげな様相を変え、僕をにらみつけた。そして、一人の女性が手招きをする。
「ヘーイ、カモン、ボーイ!」
“ボーイ!? オレ!?”
迫力がありすぎて手招きというよりは、飼い犬に餌を与える時のような感じである。自転車を停めると、空のペットボトルを井戸水の蛇口に持っていくように言われる。ひとりの女性が全体重をかけ梃子(てこ)で井戸の水を吸い上げる。蛇口の直径が5センチくらいあるせいか、豪快にすくい上げられた水はうまくペットボトルに入らないけれど、女性はそんなことお構いなしに梃子を動かし続ける。彼女の背中には、赤ちゃんが布で器用に巻きつけられている。母親の背中にぴったりと巻きつけられた赤ちゃんは、母親が梃子を動かすたびに顔面を母親の背中にぶつけているが、赤ちゃんは泣き声ひとつあげずに耐えていた。
 
過酷な肉体労働であろう水汲みは女性の仕事。井戸端会議を終え、それぞれのバケツに水を汲み終えると、彼女達は10kgも15kgもあろうかと思われる水入りのバケツを頭に乗っけて我が家を目指す。試しに水入りのバケツを自分の頭に載せてみたが、とてもじゃないけど頭が痛くて耐えられるものじゃない。しかも彼女達の中には、その水入りバケツに手を添えることなく、うまくバランスを取りながら歩いていくツワモノもいる。神様は“男性に腕力”を、“女性にバランス感覚”を与えたと敬虔なるクリスチャンの彼女達は言うが、僕には彼女達がその両方を持ち合わせているような気がする。頭に水を乗せ、背中には赤ちゃんを背負い、鼻歌を歌いながら家路を目指す彼女達のたくましさに、僕達はただひれ伏すしかない。

アフリカに限らないことなのかもしれないが、女性はよく働く。早起きをしては家の掃除をし、数キロ離れた井戸に水を汲みに何度も往復をする。帰ってきては、洗濯に子供の世話、食事の支度、彼女達の仕事は途絶えることがない。そして忙しい仕事の合い間をうまく見つけては、おしゃべりに花を咲かせている。その土地にしっかりと腰をすえ、現実と向き合い日々の仕事を淡々とこなしていく女性達に敬意を払わずにはいられない。結婚して自分が生きていくべく土地や社会を一度決めると、外の世界には目もくれず、その土地にしっかりと根を張って生きている。
“では、もう一方の男性は?”と言うと、僕達が現れると仕事をほったらかして、「日本の事」や「僕達がどこに向かうのか?」に興味を持つ。そして架空の話や夢の話に夢中になり、そこで何時間も時間を費やす。典型的な男性の僕が言うのもおかしいが、男性は地に足をつけずにふわふわしている。そして、そのどうしようもない男性を、妻が大地のように大きな包容力で包み込んでいる。より本能的に生きるアフリカの人達と接していると、女の本質や男の本質に触れる機会が多い。その本質に触れるたびに男性は何をとっても女性には敵わないと思うのである。


小芝さんと出会ったのは、それから数日後のジンバブエ第二の都市ブラワヨでのこと。名古屋の一流企業に勤めていた彼女は、会社を辞めて南部アフリカを2〜3ヶ月かけて一人旅をしているという。さすがは元一流企業に勤めていただけあって、おしとやかでどことなく品がある。“どうして一流企業に勤めていたキャリアウーマンがこんなところで一人旅をしているのか?”と最初は不思議に思っていた。日本人が多い国ならともかく、こんな国では日本人同士の繋がりは深くなる。彼女と意気投合した僕達は、彼女が泊まっているホテルに移りよく行動を共にしていた。接しているうちに彼女の中に“強い芯”と“モノに動じない強さ”が見え隠れしていた。

2日後、小芝さんは独り汽車に乗って首都ハラレを目指すことになった。汽車の出発は夜の9時頃。僕達は街の外れにあるブラワヨ駅まで彼女を見送ることになった。ジンバブエの政情が悪化していることもあり、こういった都市部の夜は極端に治安が悪化している。白中堂々、外国人が暴行に会うことも稀ではない。夜の8時頃、誠司と僕は意を決して、小芝さんの護衛のため、駅までの道のりを歩いていった。昼間は整然としていて緑が多いブラワヨの街は、夜になると人通りがなく、稀に見かける人を不審に思ってしまう。誠司と僕はビクビクしながら小芝さんを護衛していたが、当の小芝さんは驚いたことに全くビクビクしている雰囲気が無い。いつもと同じテンションで話しかけてくる彼女に対し、僕らは彼女の問いかけに相槌を打つのがやっとのことだった。全くもって肝っ玉の座ったお姉さんである。  



駅は首都へ向かう夜行列車の出発前ということもあり、荷物をいっぱい持った乗客や見送りの人々でごった返していた。改札などあってないようなものなので、僕達もチケットは持っていなかったものの、彼女が予約していた一等のコンパートメントまで見送りに出向いた。一等のコンパートメントは男女別々になっていて、小芝さんの他にイギリス人女性が座っていた。小芝さんがイギリス人女性と何やら楽しそうに会話を始めて、“やれやれ、これで彼女も無事ハラレにたどり着けるだろう。”と安心した。しばらくすると、このコンパートメントに乗客であろうジンバブエ人のおっさんがやってきた。チケットを見ながら、「このコンパートメントだな。」と言いながら腰をかける。腰をかけたものの、女性二人の冷たい視線を浴び、おっさんはキョトンとした顔をしている。
「なんであなたがここに座るのよ!」
「ここは女性専用のコンパートメントなのよ!」
と彼女達からおっさんは罵声を浴びる。
「このチケット見てみろよ。このコンパートメントだよ。」
おっさんは抵抗するものの、彼女たちは間髪入れずにたたみかける。
「この変態!」
「どこか別のコンパートメントに行きなさいよ!」
チケットに記載されているコンパートメント番号に間違いはなかったが、発券の際に手違いがあったのだろう。二人の女性からボロカスに言われて、人の良さそうなおっさんは膨れて、ブツブツ文句を言っている。返す言葉と顔の向け先に困ったおっさんは、涙目になりながら一部始終を聞いていた僕の顔を車窓越しに見た。
「お前、同じ男だろ。助けてくれよー。」と目で語りかけてくる。
“おいおい、オレに解決を求めるのはやめてくれよ・・・いや、その、ごめん。男としておっさんの味方したいけど、小芝さんがいる以上何も言えねーんだよ。”
と目で語り返した。
完全に味方を無くしたおっさんは、ふてくされてどこかに行ってしまった。お気の毒に3等の超満員自由席にでも行ってしまったのだろうか?
 
何のアナウンスもなく、列車は予定より30分程遅れて動き出した。小芝さんは窓越しに僕たちに手を振った。
「御見送りありがとう。先にハラレに行ってるわ。がんばってハラレまで走ってきてねー。」
イギリス人女性も笑顔を浮かべながら窓越しに手を振っている。二人ともおっさんをコンパートメントから追い出したことなど遠い過去の出来事であるような顔をしている。僕は、頭に水を乗せ、背中には赤ちゃんを背負い、鼻歌を歌いながら家路を目指すジンバブエの女性の背中を見送るかのように、イギリス人女性と小芝さんを乗せた夜行列車が暗闇に消えて行くのを見送っていた。人類が滅亡する寸前まで生き残るのは女性の方だろう。そんなことを想いながら、危険な夜道をビクビクしながらホテルへの帰路についたのだった。
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