愛しい人たちへ
>> トップページ
>> 問合せフォーム
>> リンク
第2話 「二日目の悪夢」
 
初めてアフリカに降り立ったのは、いまから13年前の21歳のとき。学生だった僕は、格安のモスクワ経由ヨハネスブルグ(南アフリカ)行きのチケットを手にした。そして、友人の松木君と二人で1ヶ月間のアフリカの旅へと出かけた。経由地点のモスクワは、2月ということもあり、気温は氷点下10度以下。格安のチケットだったこともあり、乗り継ぎが不便だった。何とモスクワで24時間以上のトランジットタイムがあったのだ。そこで空港近くのホテルに泊まることになったが、それにしても寒さが尋常ではない。寒いというよう痛いという表現が適切かもしれない。
 
モスクワを発つと今度は、西アフリカ、トーゴという国にトランジットのために降ろされる。舗装されているのかどうか(?)疑わしい滑走路に着陸し外気に触れる。モスクワの氷点下の気温とはうって変わって、赤道直下ギニア湾の湿っぽい40度近い熱風にうたれ、クラクラとめまいがするほどだった。飛行機の東西移動による時差ボケも辛いと聞くが、南北に移動するときの気温ボケも相当なものである。そして、赤土の領土が広がるトーゴを発ち、日本から48時間以上をかけ、ようやく南アフリカの中心都市ヨハネスブルグに到着したのである。モスクワやトーゴと違い、乾燥した快適な気温の南アフリカの気候はウキウキした気分になる。心なしか高く感じる南半球の青い空が、解放感を与えてくれる。
 
翌日、僕たちはホテルに荷物を置き、早速ヨハネスブルグのダウンタウンへと出かけていった。タクシーを捕まえ、「町の中心で降ろして欲しい。」と黒人のタクシー運転手に伝えると、運転手は、「ダウンタウンなんてお前たちの行くところではない。危険だぞ。」と言う。ろくに海外旅行をしたことがない僕たちは、「大丈夫だ。」と何の根拠もなく答えると、運転手はためらいながらも僕たちをダウンタウンの中心と思われるところに降ろした。僕たちはタクシーを降りると、飛び跳ねるように街を探索しはじめた。ファーストフードで食事をしたり、ゲームセンターでゲームしたり、ショッピング街を歩いたりしたりした。結局、2時間程ダウンタウンを散策した直後に事件は起こった。
 
“噂に聞くほどの危険な街じゃないなぁ。”と感じていた僕と松木君は、人通りの多い商店街で肩を並べて歩いていた。僕がショウウィンドウに展示されているものに足が止まり、松木君がそれに気づかず15〜20メートルほど先に行ってしまったときのことだった。いきなり僕は背後から足を蹴られ、よろけた隙に5〜6人の男に身体を持ち上げられたのだ。何が起こっているのかは全然わからない。おそらくわけのわからない日本語を発しながら僕は身体が宙に浮いたまま必死に抵抗していた。事態を認知したのは、ひとりの男にナイフを頬にあてられたときだった。「えっ、まさか。」 そして彼らは、僕の視界に入るようにナイフの数を2本、3本と増やしていく。そしてその数秒後、脇腹に冷たい円柱のものをあてられた。気が動転している割には、一瞬にして何があてられたかを判断することができた。
「あっ、銃?」
「えっ、えっ、撃つの?」
「撃ったらまずいんじゃないの?」
「短い人生だったなあ。」
一瞬にしていろんなことが頭をよぎっている間に、彼らは僕の後ろポケットに入っている財布を抜き取り、首につけていた18金のネックレスを引きちぎり、僕の身体を地面に叩きつけ、四方八方に散らばって逃げて行ってしまった。事の始まりから終わりまで、よく覚えていないけれど、10秒くらいだっただろうか。ナイフを頬にあてられたときに切れてしまったのか口の周りから血を流し途方にくれていると、僕の半径3メートルぐらいのところには空間ができていて、その外側にはギャラリーがガヤガヤと群がっていた。ガイドブックやホテルの従業員、タクシーの運転手たちの忠告を無視してダウンタウンにやってきた挙句、このざまである。“怖い”という気持ちよりも“恥ずかしい”という気持ちが先行した。そのギャラリーをかき分けるように、松木君が大声で僕の名前を呼びながらやってきた。その声に少しだけ“恥ずかしい”という気持ちが飛んでいった。おそらく強盗達に、僕たちは長い間尾行されていたのだろう。そして、二人が離れる隙をずっとうかがっていたに違いなかった。
 
これが、初めてアフリカの土を踏んだ翌日に起こった事件である。身の危険を体感することにより、アフリカに対する興味は失せた。そんなことよりもこれから一ヶ月、このアフリカという土地でどう過ごしていけばいいのかと絶望的な気分になった。
≪1話へ                                             3話へ≫
▲ページTOP
KHS Japan Powertools 事業部 〒537-0013 大阪府大阪市東成区大今里南5-5-5 e-mail:info@khsjapan.com