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第5話 「赤いTシャツの男」 |
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ケープタウンと言えばアフリカでも屈指の大都市。アフリカにいることを忘れてしまいそうなこの街には、高層ビルが立ち並び、マクドナルドなどのファーストフードなどが林立している。街の中心であるロングストリート沿いでは、夜遅くまで白人の若者たちがビールを片手にオープンカフェで騒いでいる。しかし、ケープタウンの街を離れ10キロも進むと、街の喧騒もなくなり、交通量も少なくなってくる。国道沿いには、ケープタウンの華やかな風景とはうってかわって、トタンでできた家が軒を並べている集落をよく見かけるようになる。家の前では、生活臭漂う洗濯物が干されており、そこでは母親が子供を大声で叱りつける声や子供の泣き声が聞こえてくる。
今回のアフリカ縦断の旅では、中学校以来の友人である岡本誠司が、約3ヶ月間の予定で、ケープタウンからジンバブエのハラレまで一緒に走ってくれることになっていた。彼は、ちょうど日本で前職を辞め、次の仕事が始まるまでの間の3ヶ月間、時間に余裕ができたので一緒に自転車で走ることになったのだ。本当のところを言うと、一人でアフリカを走ることが不安だった僕が、彼を強引にアフリカに引っ張ってきてしまったところがある。
そんな岡本君とケープタウンを出発し、トタンでできた家が立ち並ぶ集落を通りかかった時のこと。赤いTシャツを着た一人の男が、僕たちと同じ方向に、同じくらいのスピードでジョギングをしていた。その男のことを全くと言っていいほど、僕は気には留めていなかった。突然、その男が僕の後ろを走っていた岡本君と接触したようで、岡本君が倒れた。僕は、“何があったんだろう?”と思い、立ち止まり後ろを振り返る。すると、岡本君が、「ごめん、ごめん!」というような仕草で赤いTシャツの男に愛想笑いしているのが目に入った。“お互いの息が合わずに接触したんだろうなぁ。”と思い、ゆっくりと二人が接触した場所に戻ろうとした瞬間、思わぬ光景が目に飛び込んできた。赤いTシャツの男が倒れた岡本君の自転車の荷台に巻きつけてあるカバンをもぎ取ろうとしているのである。場所は集落を突き抜ける国道上だったので、そう遠くない所に人影があった。岡本君と僕は、「強盗だ!」と叫ぶと、赤いTシャツの男は集落の中へと逃げて行ってしまった。事なきを得たと思い、倒れたときに散らばってしまった岡本君のカバンなどを自転車に再装着していると、再びその赤いTシャツの男が数人の男達を引き連れ僕たちのところにやってきた。 『アイム・ハングリー! ギブ・ミー・サムシング!』 赤いTシャツの男の目は、完全に血走っていた。僕は、岡本君の自転車が倒れたときに散らばったヌンチャク棒をとっさに手にした。“なんでこんなもん日本から持ってきてんねん!?”と心の中で岡本君に突っ込みながら、ヌンチャクを振り回し、“俺は強いんだぞ。”とアピールしてみる。しかし、ヌンチャクをほとんど手にしたことがない僕は、棒が絡まりもうくちゃくちゃ。それを見ていた赤いTシャツの男は、「そこには何が入っているんだ!」と叫び、僕の胸に巻いていた貴重品袋を指差した。Tシャツの下にわからないように貴重品袋を身に着けていたが、たまたまこの時は白いTシャツを着ていたので、その貴重品袋が透けて見えていたのだ。 『しまった!!!』
赤いTシャツの男は、僕の服を脱がそうと突っかかってきた。しかし、男は純粋に何かが欲しいようで、僕の服を引っ張るものの、暴力を振るうような気配は一向に無かった。服を引っ張ろうとする男の手を振りほどく、何度かその行為を繰り返している中で一台のバスが通りかかった。岡本君がそのバスに助けを求め、バスを止めてくれた。この犯罪の多い南アフリカでは、バスの運転手や乗客もむやみには降りてこない。拳銃の犯罪に巻き込まれる可能性があるからだ。バスの運転手は、状況を察すると無線を取り、なにやら本部と連絡を取っているようだった。状況を察した赤いTシャツの男は、言葉で何かを吐き捨てながら、再び集落へと逃げ去って行った。
この日、目指す町まではあと10キロ程度。早々に荷物をまとめ、町を目指した。そして、今まさに町に入ろうとした時、一台の乗用車が僕たちの前に止まり、一人の男が降りてきた。ナーバスになっている僕達は、“また強盗かよ!?”と疑ってかかる。しかし、歩み寄って歩いてきたその男は手を上げながら、“僕は怪しいものじゃない。ラジオで君たちが強盗にあったということが流れていて、たまたま近くにいたものだから、エスコートしに来たんだよ。大丈夫かい?怪我はないかい?” あのバスの運転手が本部に無線で連絡を取り、本部から警察に連絡が入ったんだろう。この国で起こる犯罪は多いけれど警察の対応も早く、何よりほとんどの人が“犯罪を撲滅ししたい!”と思っていると感じた。落ち込んだ気分が少し救われた。結局、車で通りかかった親切な男に町までエスコートしてもらい、一軒のホテルに入った。この夜はどこにも出歩くことなく、岡本君と静かな夜をホテルの部屋で過ごした。 “今日のこの事件をきっかけに、「こんな所から出て行きたい!」と彼が言うのではないだろうか?いや、彼の方からそう言ってくれたら僕も楽になるんじゃないだろうか?自分から切り出そうか?” 岡本君もおそらくそんなことを想っていたに違いない。お互い今日のことや、これからのことを触れることなく、静かに夜はふけていった。
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