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第4話 「喜望峰に立つ」 2000年、僕は東京銀座で船会社の営業マンをしていた。入社して4年、仕事にも慣れ、上司や同僚達と毎晩飲み歩く日々を送っていた。会社や周囲の人間に大きな不満はなく、なんの屈託もない生活を手に入れ、“このままこの会社で僕は生涯を終えるのだろう。”と思っていた。会社に入って間もない頃は、慣れない仕事に日々の生活が圧迫され、“いかに自分が仕事をうまくこなして行くのか!”ということばかり考えていた。それが、4年のサラリーマン生活の中で、自分なりに会社での居場所を築きあげた。会社での居心地が良くなってきた頃、次第にあのアフリカのことを思い出すようになった。わずか一ヶ月の生活の中でめった打ちにあった、あのアフリカのことを。 子供の頃から、何をやってもスペシャリストにはなれなかったが、何をやってもそつ無くこなし、ある程度のところまでは達成できる自分に自信があった。しかし、学生時代に体験したアフリカは、そんな自信やプライドを深く傷つけていた。当初、もう二度とアフリカに行きたくないと思ったのは、そんな自分のプライドを傷つけたアフリカのことを完全に忘れてしまいたかったからなのだと思う。アフリカでの悪夢から年月が過ぎ、会社にも生活にも余裕が出てくる中で、アフリカでの敗北感を自分の中で認識するようになっていった。
小学校の頃、友達と自宅から15kmほど離れた町まで自転車で行ったことがある。その町に特別な興味を持ってはいなかったが、“15kmという距離がどんなものなのか?”自分達の足で感じたかった。また、“自分が住んでいる学区から、保護者の同伴なしでは出てはいけない”と校則で決められていた当時は、その校則を破るという意味においても大冒険だった。一歩学区を出ると見慣れない景色が続く。目的地までの表示が、10キロ、8キロ、5キロ…と徐々に減っていき、やがて目的の町に着いた頃には日が暮れかかっていた。何時間かかったかは覚えていないけれど、小学生だった僕達には、とてつもなく遠い距離に思えた。しかし、一歩一歩進んでいくことでやがてゴールがやってきて、そこには言葉では喩えられない感動があることを知った。帰りは、疲労と夜道の怖さに半泣きになりながら自転車をこいだ記憶だけが残っているが、自分達の学区から自分達だけの力で出て行ったこの日、少しだけ世界が広がった気がした。それ以来、春休みや夏休みのたびに自転車で旅行に出かけるようになり、自転車を通じて少しずつ自分の世界を広げていった。
“好きな自転車でアフリカを走ることによって、アフリカに対する敗北感を打破できないだろうか?そうすることによって自分がアフリカでもうまくやって行けることを自分のなかで証明できないだろうか?”アフリカ自転車縦断の動機なんて、今となっては夢でもなければ憧れでもなく、常に身を外部にさらしている自転車でアフリカを縦断することにより、アフリカと勝負して勝ってやろうという実に幼稚なものだった。3年のアフリカでの自転車生活を終えてこの文章を書いている今、改めてその動機が幼稚なものであったと感じ、また冒険を成功させることにより勝利をおさめるなどというのは、一人よがりのものでしかなかったと思う。 勤めていた会社を2001年の1月に退社するとき、実にいろんな方々から年賀状や手紙にてメッセージを頂いた。
「無事に帰国して夢の話を聞かせてください。」 「夢に向かって突っ走っていけるあなたがうらやましいです。」 「夢を皆で応援しています。」 “夢のようで夢ではない、夢でないようで夢である。”アフリカ行きを決断しておきながら、不安そうな僕の顔色をうかがって、いろんな方々がこんな夢の決断を後押ししてくれた。 もう後に引けない…。 マレーシア経由の飛行機がケープタウン国際空港に到着したのは、2001年のゴールデンウィーク明けのこと。「ドス」っと飛行機が滑走路に到着すると同時に、「今度は、お手柔らかに。」と心のなかでアフリカに一礼する。いつ、どこから日本に帰ることになるのかわからない。アフリカ行き片道チケットを手に南アフリカ・ケープタウンに自転車と共に降り立った。学生時代、わずか一ヶ月強の旅行の間に、強盗に襲われ、マラリアに倒れ、もう二度とアフリカには行きたくないと思っていた。そんな僕が、いつも間にかアフリカ大陸自転車縦断を計画し、スタート地点であるケープタウンに立っていたのだ。
「さあ、出発だ。」
2001年5月8日、29歳の春、ケープタウン市内からスタートポイントであるアフリカ大陸南西端、喜望峰まで行き、自転車と共に“Cape
of Good
Hope”(喜望峰)と書かれた看板の横に立った。アフリカ大陸を北へ北へ、どこまで行けるかわからないけれど、とにかく出発だ。アフリカを旅する者が出発点、終着点にするという喜望峰、もう二度と来ることはないだろうと、周囲の景色を大事に見渡しながら北に向けゆっくりとペダルをこぎ始めた。喜望峰周辺の海は荒れ、北から南へ息ができないほどの向かい風が吹いていた。
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